パーキンソン病2019.06.10
先日クリニックに来られたパーキンソン病患者さん。
大のファンと公言する矢沢永吉のTシャツを着て、とても元気そうな表情で診察室に入って来られました。
彼女がパーキンソン病の治療を開始して約10年になろうとしています。
とてもバイタリティのある女性で、患者会の活動や、講演活動にも取り組まれています。診察室でいつも元気に話してくれる近況を、私たちはいつも楽しみにしています。
一見すると健康な方と変わりない様にみえる彼女ですが、ウエアリング・オフ現象が強く、パーキンソン病の治療薬、レボドパが切れてしまうと歩くのも儘ならなくなってしまいます。ウエアリング・オフ現象は、一般的にレボドパ治療を開始して、5年ほど経過すると出現することが多い、「薬が切れてしまう」状態のことを指します。薬が切れる「オフ」の状態では、動くことが大変になったり、ふるえが目立つようになったり、そして不安が強くなったりするようになります。
彼女は、昨年末から春にかけて、過労や心労が影響したのでしょう、このウエアリング・オフ現象が急に強くなり、とても大変な4カ月を過ごしました。とくにオフ時の強い不安のために、呼吸が速く過呼吸になってしまいます。このまま呼吸ができなくなってしまうのではと、いわゆるパニックの状態となってしまうことが何度もあり、ときには救急車を呼ぶこともありました。そして、レボドパを内服するとスッと身体が楽になるため、内服する時間がどんどん前倒しになってしまい、本来の内服量を超えてしまう日々が続きました。
レボドパを増やすことは簡単です。レボドパを増やすことで取りあえず体調は落ち着きますが、増やせば増やすほど、今後のウエアリング・オフ現象がさらに強く出てくることを懸念しないとならないのです。レボドパの量にも上限がありますので、私たちは常日頃から、このウエアリング・オフ現象をなんとか最小限に抑えられるように取り組んでいます。具体的には、レボドパ以外の治療薬を併用したり、リハビリテーションを行ったり、生活のなかでご自分の脳からドーパミンを上手に分泌できるような働きかけを伝えたりしています。
彼女は、この4カ月でレボドパをふくめたパーキンソン病治療薬を増やすことなく、このウエアリング・オフ現象が軽快しました。春には元通りに近い状態まで回復し、再び元気な表情がみられるようになりました。具体的には、訪問看護師に協力をお願いしたこと、内服日記を書いていただいたこと、少量の抗不安薬を追加したことが功を奏したようです。
もともとはとてもコミュニケーションに長けた彼女です。オフ時に不安を感じるようになるときは、クリニックスタッフに加え、訪問看護師にもご協力いただき、人と関わることで不安が軽減するように心がけました。
また、本来のレボドパ内服時間を記載した24時間の予定表(日記)を作成し、そこへ実際にレボドパを内服した時間を彼女にチェックしていただくようにします。予定通りに内服できた日には二重丸◎をつけることにして、診察の度に一緒にノートをみては、◎がついたことを一緒に喜んでいきます。当初の年末は、レボドパ内服時間もバラバラで、本来の予定以上に内服する日が多かったのですが、2月に入ったころから、◎の日が少しずつ増えてきました。この目に見える達成感が、彼女の脳からドーパミンを分泌させることに役立ったようで、診察を重ねていくごとに自信がついてきた彼女の様子が伝わってきました。ドーパミンは「報酬系」に深くかかわる脳内ホルモンです、自分へのご褒美、達成感を上手く利用することで、ドーパミンが自然に出やすい状態になってきたと感じています。
さらに、ウエアリング・オフ現象すべてに当てはまるとは言いませんが、彼女のように、とても不安が強くなり、レボドパ内服が前倒しになってしまうような場合には、少量の抗不安薬も有効と考えています。抗不安薬の効果も手伝い、ウエアリング・オフ現象が落ちついた後には、抗不安薬の減量が可能なことも多く、結果としてウエアリング・オフ現象が強くなる前と何ら変わりない、同じ治療薬で過ごせる方もおられます。
先日の診察室で彼女が話しておられたこと。「とても辛かったけど、こうやって元気に過ごせるようになり、パーキンソン病と付き合うための引き出しが増えた気がします。ウエアリング・オフ現象が良くなった今だから言えるんですけどね。」という言葉に、彼女の力強さを感じています。
廣谷 真Makoto Hirotani
札幌パーキンソンMS
神経内科クリニック 院長
【専門分野】神経内科全般とくに多発性硬化症などの免疫性神経疾患、末梢神経疾患
眼瞼けいれん・顔面けいれん・四肢の痙縮に対するボトックス注射も行います。
【趣味・特技】オーケストラ演奏、ジョギング、スポーツ観戦、犬の散歩
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